1年単位の変形労働時間制は、1年のなかで、繁忙期と閑散期が明確な会社にとっては、繁忙期の労働時間を長く設定し、逆に閑散期には短く設定をすることで、トータルの労働時間を削減できる制度です。
ただし、1年単位の変形労働時間制は細かな規定も多く、給与計算も複雑になることから、安易な導入はおすすめしません。
就業規則に1年単位の変形労働時間制について規定がしてあっても、実際に適切な運用がされていなければ、規定の効力は発生せませんので注意が必要です。
この記事では、1年単位の変形労働時間制について、説明がわかりやすい資料をご紹介しながら解説をしていきます。
なお、伝わりやすさを重視する点から、正確な法律用語を用いていないこともあります。
1年単位の変形労働時間制の目的
1年単位の変形労働時間制は繁閑差のある事業場で、忙しい時期に労働時間を長めに設定し、暇な時期に労働時間を短めに設定することで、年間をとおして時間外労働や休日労働を削減し、総労働時間を短縮することが目的です。
1年単位の労働時間制の効果
うまく活用できれば残業を抑制する効果があります。
閑散期は、1日7時間・週35時間勤務
繁忙期は、1日9時間・週45時間勤務
の場合
原則の法定労働時間は、1日8時間・週40時間ですので、繁忙期は毎日1時間の残業が発生することになります。一方で、閑散期は毎日1日時間の余裕があります。
ここで、1年単位の変形労働時間制を導入し、あらかじめ閑散期の所定労働時間を1日7時間、繁忙期の所定労働時間を1日9時間と設定します。
(年間の所定労働時間設定例)
こうすることで、繁忙期は1日9時間労働であっても、1時間が残業となりませんので、残業代の支払いも必要ありません。
このような残業時間削減の効果があるので、1年単位の変形労働時間制を導入しているという企業さんがありますが、私の知る限り、1年単位の変形労働時間制を専門家のサポートなく、自社で適切に運用できている小さな会社は、ほぼないといっても過言ではありません。
そこで、ここからは、1年単位の変形労働時間制の導入手順と、法律上の制約・適切な運用ポイントについてご説明していきます。
1年単位の変形労働時間制の導入の概要
1年単位の変形労働時間制を導入するためには、従業員の過半数を代表する者との労使協定が必要になります。
労使協定を締結したあと、「1年単位の変形労働時間制に関する協定届」を労働基準監督署に届け出なければなりません。
1年単位の変形労働時間制:労使協定の解説
労使協定で定めるのは次の項目です。
2.対象期間・対象期間の起算日
3.対象期間における労働日と労働日ごとの所定労働時間
4.特定期間
5.労使協定の有効期限
対象となる従業員の範囲
1年単位の変形労働時間制の適用を受ける労働者をできる限り明確に定める必要があります。
対象期間・対象期間の起算日
1年単位の変形労働時間制の対象となる期間を定めます。
1年単位という名称がついていますが、かならずしも1年を対象期間とする必要はなく、1ヶ月超~1年以内の範囲で決めることができます。
また、その対象期間の起算日を決めます。
給与締日に合わせるほうが、給与計算がしやすくなります。
対象期間における労働日と労働日ごとの所定労働時間
対象期間内の労働日(=出勤日)と
労働日(=出勤日)ごとの所定労働時間
を決める必要があります。
対象期間:4月21日~翌年4月20日
4月21日:8時間
4月22日:8時間
4月23日:休日
・・・
・・・
翌年:4月20日:8時間
この際、対象期間を平均して1週間あたりの労働時間を40時間以内に設定する必要があります。(1週44時間の特例事業であっても、40時間以内にしなければなりません。)
1週平均40時間以内するためには、対象期間内の総労働時間の上限が下図のとおりとなります。
(東京労働局「1年単位の変形労働時間制導入の手引」より)
ところで、例のように対象期間が1年間の場合、あらかじめ1年分の出勤日と所定労働時間を決めないといけないので、1日の所定労働時間が複数ある場合は、不便です。
そこで、対象期間を1ヶ月以上の期間に区分する場合には、最初の区分期間のみ出勤日と所定労働時間を決め、残りの各期間は労働日数とその期間の総労働時間を決めておけば良いということになっています。
対象期間:4月21日~翌年4月20日
最初の区分期間:4月21日~5月20日
4月21日:8時間
4月22日:8時間
4月23日:休日
・・・
・・・
5月20日:8時間以降は、労働日数と総労働時間
5月21日~6月20日 労働日数22日、総労働時間176時間
6月21日~7月20日 労働日数21日、総労働時間168時間
・・・
・・・
3月21日~4月20日 労働日数22日、総労働時間154時間
(東京労働局「1年単位の変形労働時間制導入の手引」より)
さらに、対象期間の所定労働日数、連続労働日数、1日・1週の所定労働時間の長さなどいついては、法律上の制限があります。
対象期間の所定労働日数の制限
1年あたり280日が限度
(※対象期間が3ヶ月以内の場合は制限なし)
例えば、対象期間が4月1日から10月31日までの場合
280日×214日÷365日=164日
対象期間の連続労働日数の制限
連続労働日数は、最長6日まで。
ただし、特定期間については最長12日まで可能。
※特定期間については、この後にご説明します。
(連続労働日数のイメージ)
(東京労働局「1年単位の変形労働時間制導入の手引」より)
1週・1日の所定労働時間の長さの制限
2.週48時間超が3ヶ月に3週間以内
(東京労働局「1年単位の変形労働時間制導入の手引」より)
特定期間
特に業務が繁忙な時期として定める期間のことです。
先ほどもお伝えしたように、この期間は連続労働が12日まで可能となります。
特定期間を定めることは任意です。ただし、対象期間の多くの期間を特定期間とすることは、認められていません。
労使協定の有効期限
労使協定の有効期限は、必ず定める必要があります。
期限は1年程度が望ましいとされていますが、3年以内であれば問題ないとされています。
1年単位の変形労働時間制:労使協定および届出書の例
(労使協定の例)
(東京労働局「1年単位の変形労働時間制導入の手引」より)
(協定届の例)
(東京労働局「1年単位の変形労働時間制導入の手引」より)
1年単位の変形労働時間制の注意点
振替休日について
1年単位の変形労働時間制では、原則として休日の振替はできないこととされていますが、やむを得ない事情が生じた場合は、休日の振替が可能となります。
休日の振替を有効にするために必要なこと
1.就業規則で休日の振替ができる旨と、休日の振替を行なう具体的な理由を規定して、振替を行う日を事前に特定したうえで振り返る。
2.休日の振替を行ったことによって、対象期間内の連続労働日数の上限6日と、特定期間内の連続労働日数の上限12日を超えないこと。
残業代の計算について
1年単位の変形労働時間制の残業代の計算は、つぎの1.~3.の順番で行ないます。
1.1日の残業時間
労使協定で1日8時間を超える時間を定めた日はその時間を超えて、それ以外の日は8時間を超えて労働した時間が残業時間となります。
2.1週の残業時間
労使協定で1週40時間を超える時間を定めた週はその時間を超えて、それ以外の週は1週40時間を超えて労働した時間が残業時間となります。
3.対象期間の残業時間
対象期間の法定労働時間総枠(40時間×対象期間の暦日数÷7)を超えて労働した時間
1.と2.の残業代は毎月の給与で支給し、3.の残業代は対象期間が終わったあとの直近の給与で支給します。
対象期間が終わるまで、残業代が確定しないというのが、非常にややこしいところです。
残業代の時間単価などについては、こちらの記事を参考にしてください。
「時間外手当の割増率や計算方法を詳しく解説!よくある間違いも紹介」
中途入退社の場合の給与計算について
中途入社や退社の場合は、実際に働いた期間の総労働時間を平均して、週40時間を超えた場合は、残業代の支給が必要になります。
※働いた期間の法定労働時間の総枠=働いた期間の歴日数÷7日×40時間
(中途入社の例)
4月1日~翌年3月31日までの1年単位の変形労働時間制の会社
5月1日に中途入社(1日、1週の残業はなし)
1.実際の総労働時間数=1,930時間
2.法定労働時間の総枠
5月1日~翌年3月31日の暦日数=335日
335日÷7日×40=1,914.2時間
3.残業時間数
1,930時間-1,914.2時間=15.8時間
15.8時間分の残業代を対象期間終了(3月31日)後に支払うことになります。
まとめ
このように、1年単位の変形労働時間制には、細かな決まりが数多くあります。
安易に残業時間が減らせそうだからといって導入するのではなく、自社で運用がしっかりとできるのか?本当にメリットがあるのか?などを検討してください。
適切に運用ができなければ、変形労働時間制とはみなされず、通常の法定労働時間(1日8時間、週40時間)にもとづいて、残業時間・残業代の計算となります。
1年単位の変形労働時間制を導入される際には、なるべく専門家の意見を聞きながら導入されることをオススメします。
1年単位の変形労働時間制以外の労働時間制については、こちらの記事を参考にしてください。
「変形労働時間制とはどのようなものか?種類と特徴をわかりやすく解説」