最近でも、「固定残業代を支給している」という企業さんに出会うことがしばしばあります。
ところが、お話をおうかがいしてみると、固定残業代が適法なものとして認められる可能性が極めて低いケースが非常に多いのが実情です。
例えば、
・「就業規則や賃金規定で、〇〇手当は固定残業として支給する。」とのみ記載してある。
・特殊業務手当、調整手当、営業手当など、いっけん残業代として認識できない名称の手当を固定残業代としている。
・固定残業代の金額が適当に決められている。例えば、固定残業手当1万円が残業20時間分など、金額がまったく足りないケースもある。
・実際の残業代が、固定残業代を超えても、その差額を支給していない。
これらのどれかに当てはまる場合は、固定残業代が違法になる可能性が高いので、注意が必要です。
そこでこの記事では、固定残業代についての正しい知識をご説明し、固定残業代計算シートや、従業員との同意書もご紹介します。
固定残業代はそもそも違法ではない?
固定残業代というのは、労働基準法で定められている、時間外・休日、深夜労働に対する割増賃金を、あらかじめ一定額の手当として支払っておくものです。
たまに、この原則をおさえず、会社独自の計算方法や取り決めで固定残業代を支払っておられるケースを見かけますが、それは違法です。(法定以上の金額が支給されていれば、適法)
法律では、時間外労働等があった場合は、法定以上の割増賃金を支払うことが義務づけられていますが、支払い方については特段定められていません。
ですので、法定以上の割増賃金額を固定残業代で支払うのであれば、固定残業代は制度として適法となります。
とはいえ、固定残業代に関する裁判では、固定残業代が否定されるケースが数多く発生しています。
固定残業代が違法だとどうなるのか?
固定残業代が適法な場合
基本給:20万円
固定残業代:3万円
月の所定労働時間:173時間
月の残業時間:20時間
1.時間単価
20万円÷173時間=1,157円
2.残業をした場合の時間単価
1,157×1.25(法定の割増率)=1,330円
3.1ヶ月の残業代
月の残業時間20時間×1,330円=26,660円
4.3.の金額と固定残業代の比較
固定残業代の3万円以内なので追加払い不要
固定残業代が違法な場合
基本給:20万円
固定残業代:3万円
月の所定労働時間:173時間
月の残業時間:20時間
1.時間単価
23万円÷173時間=1,330円
2.残業をした場合の時間単価
1,157×1.25=1,663円
3.1ヶ月の残業代
月の残業時間20時間×1,663円=33,260円
固定残業代が違法のため、残業代を1円もはらっていないことになるので、33,260円の追加支払いが必要
もし2年間この状態が続いていたとすると、798,240円の残業代の支払いが必要となります。
さらに、付加金の支払いも命じられた場合は、最大で支払額が倍になることから、798,240×2=1,596,480円の支払いが必要になることも。
残業代の時効は3年
2020年4月から残業代の時効が、2年から3年に延長されました。
ただ、それ以前の残業代に関しては、時効は2年のままです。
2020年4月1日以降に発生した残業代・・・時効3年
小さな会社ほど固定残業代には注意すべき
このように、固定残業代が無効になったときのリスクがより一層高まっています。
ですので、固定残業代は、小さな会社ほど十分に注意して導入・運用しなければなりません。
もし、固定残業代が無効と判断されたときのダメージが大きすぎますから。
ところが、このようなお話をしても多くの経営者の方にとってみると、他人事なんです。
「うちの会社は大丈夫。」
「うちの従業員が訴えることなんてない。」
「訴えられてから考える。」
とおっしゃる方がけっこういらっしゃいます。
このような認識は非常に危険です。
実際に、私のところにご相談があったケースでも、固定残業代の導入・運用がきちんとされておらず、200万円近くの支払いで元従業員の人と和解したということがありました。
それでも固定残業代を導入したいという場合、どのようなポイントを押さえておけばよいのでしょうか?
固定残業代を適法なものとするには?
固定残業代制度は、法律で定められた制度ではないので、今までの裁判例からどのような要件を備えていれば、適法な制度として認められるかをみていく必要があります。
就業規則や賃金規程で、固定残業手当について規定するのはもちろんですが、従業員と個別の合意をとることも必ずやったほうが良いです。
また、従業員との間で合意があるだけでなく、固定残業代の金額に対応する残業時間数が適切かも、考慮されます。
36協定で定めることができる年間の時間外労働時間が、原則として360時間なので、月あたり30時間以内の残業時間数で設定するのが、最も適切なのではないかと考えます。
固定残業代として支払われていることが、明確にわかるように区分されていることが求められる傾向が強いです。
例えば、営業手当や業務手当といった名称だと、固定残業代以外の性質の手当が含まれていると判断されかねません。
ですので、固定残業代を支給する場合は、明確に「固定残業手当」といった名称にするのが適切です。
固定残業代で設定している金額を超える残業代が発生した場合は、その差額を支払わなければなりません。
固定残業代で支給しているから、残業時間の計算していないというケースがありますが、そのような労働時間管理の仕方をしていると、そもそも固定残業代として支払っている金額までもが無効とされてしまうおそれがあります。
固定残業代の賃金規程への規定例
(固定残業手当)
第○条 固定残業手当は、〇〇職に従事する従業員に対し、その全額を第△条、第▲条および第■条の時間外・休日・深夜勤務手当の支払いに代えて支給する。
2.固定残業手当の金額は、時間外労働・休日労働・深夜労働の時間数を勘案し、個別に決定する。
3.固定残業手当の学を超えて、時間外労働割増賃金・休日労働割増賃金・深夜労働割増賃金が発生した場合は、その差額を別途支給する。
固定残業代の計算シート、個別同意書ひな型
固定残業代計算シート
入力の流れ
1.「月給」
基本給と残業代計算の基礎とならない手当の合計金額を入力
職務手当 2万円
通勤手当 1万円の場合、
22万円を入力します。
残業代の計算基礎とならない手当については、こちらの記事を参考にしてください。
2.「月間所定労働時間」
月の所定労働時間を入力
3.「固定残業時間」
固定残業時間数を入力
4.最低賃金を下回っていないかを確認
基本給が最低賃金を下回っていないかを確認してください。
最低賃金については、こちらの記事が参考になります。
「最低賃金の計算方法や対象とならない賃金とは?【最低賃金の基礎を解説】」
個別同意書ひな型
個別同意書ひな型(PDFファイル)
個別同意書記載例(PDFファイル)
まとめ
・固定残業代制度は、適切に導入・運用を行えば、残業代の削減につながるとともに、従業員の生産効率の向上にも寄与する可能性があります。
・逆に、誤った導入・運用を行えば、会社の首を締めかねない制度ですので、導入をする際には、慎重に行ってください。
・従業員にとってみると、固定残業代の導入によって残業代の時間単価が下がるので、例えば、一律1,000円昇給させるなどの配慮があった方が、同意が得やすいかもしれません。