法改正に対応するためなど、様々な理由で就業規則(付属の規程含む)を改定するときに注意しなければいけないのは、その改定が、従業員にとって不利益な変更に該当する場合、その変更が無効と判断されてしまわないか?ということです。
法律(労働契約法)では、就業規則の改定によって、従業員の労働条件を不利益に変更することは禁止されています。
労働条件が今よりも低下する場合には、原則として従業員一人ひとりの同意が必要だと規定されています。
労働契約法
第9条 使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。
ただ、この規定どおりだと、やむを得ず労働条件を低下させる場合どうすればよいのか・・・。と考え込んでしまいますよね?
そこで、第10条で例外的に、就業規則の変更によって、労働条件を変更することができる規定が設けられています。
まずは、このことを念頭においていただいたうえで、この記事では、就業規則の改定時の不利益変更についての注意点と、就業規則の改定によって労働条件を変更する場合の流れなどについてご紹介していきます。
※なお、この記事は、正確な法律用語よりも、伝わりやすさを重視しています。
労働条件の不利益変更とは?
労働条件の不利益変更とは、言葉のままですが、従業員の労働条件が今よりも低下することをいいます。
1日の所定労働時間7時間→1日8時間に延長
月給はそのまま
この例だと、働く時間が毎日1時間伸びるうえに、給与の時間単価は下がってしまうので、明らかに従業員の労働条件は悪くなっています。
これは、わかりやすい例ですが、この他にも不利益変更に該当する可能性が高いものとして、つぎのような例があります。
労働条件の不利益変更の例
固定残業代制度の導入
先日もあったのですが、退職した従業員から残業代の請求をされた企業さんが、今後の対応として、固定残業代制度を導入することになりました。
固定残業代を導入する場合、今までの給与総額のままであれば、当然、時間単価が下がってしまうことになるので、従業員にとって不利益な変更となります。
固定残業代制度については、こちらの記事が参考になります。
「固定残業代が違法にならないための計算や、固定残業代計算シートをご紹介」
有給休暇の義務化対応による休日の削減
2019年4月から、有給休暇の取得が義務化されていますが、その対応策として、今までは、夏季休暇、年末年始休暇としていた休日をなくし、代わりに有給休暇の取得をうながすケースがあります。
所定休日だったものが、出勤日に代わってしまうので、明らかに労働条件が低下することになります。従業員にとっては不利益なことに間違いありません。
正直なところ、この対応は不利益変更だとわかっていても、会社の規模や従業員数によっては致し方ない面もあると思います。
従業員の理解を得るために、この後ご説明する、就業規則変更の手順にのっとって丁寧に進めていきましょう。
有給休暇の義務化については、こちらの記事が参考になります。
「有給休暇取得の義務化で罰則も!中小零細企業はどう対応するのか?」
賃金制度の変更(年功型→成果型)
年功序列型の賃金制度から、成果主義型の賃金制度に変更する場合、賃金制度の変更によって、給与が大幅に減額されることになる従業員には、不利益変更となる可能性が高いです。
ただし、成果主義がいけないというわけではなく、突然、給与が減額になってしまうことが不利益変更とみなされるので、のちほどご紹介する手順を踏んで、制度を移行していく必要があります。
不利益変更の例として、3つご紹介しましたが、問題は、これらの不利益変更を行った場合、それが有効なのか無効なのか?ということです。
不利益変更が無効と判断されるとどうなる?
労働条件の変更が、不利益変更に該当すると判断され、従業員の同意などを得ていない場合は、その変更は無効となってしまいます。
例えば、固定残業代が無効となってしまえば、残業代を支払っていないこととなり、新たに残業代の支払いが必要なります。しかもこの場合は、固定残業代として支給していた手当分も、残業代の計算基礎となります。
実際に基本給を減額して、固定残業代を導入した会社は、裁判でその労働条件の変更は無効と判断され、500万円以上の未払賃金の支払いを命じられています。
この他にも、大幅な業績の落ち込みを理由に、就業規則に定めていた、誕生日などの公休日4日を削減したことについて、不利益変更に該当するため、無効と判断されています。
このように、労働条件の変更が無効と判断されると、会社としては大きな痛手を負ってしまうことになります。
しかし、会社の経営状況や将来を見据えて、労働条件を見直した場合、それが従業員にとっては不利になってしまうことは十分にあり得ます。
そのときに、「不利益変更はすべて無効だ!」
と言われてしまうと、会社の経営が成り立ちません。
そこで、一定の基準を満たすことで、不利益変更が有効なものとして判断される余地があり、そのことは法律にも規定されています。
では、就業規則の変更によって、労働条件の不利益変更だとわかっていても、それは、致し方のない不利益変更であり、有効なものとして判断されるようにするのにはどのようにすればよいのでしょうか?
不利益変更が有効となるためには?
労働条件の不利益変更は、就業規則の変更で行うことはできないというのは、冒頭でもお伝えしたとおりですが、つぎの基準を満たすことで、就業規則の変更を労働条件の変更とすることがきるとされています。
労働契約法第10条の要旨
1.変更後の就業規則を労働者に周知させてあること
2.就業規則の変更(労働条件の変更)がつぎの基準それぞれにおいて合理的であること
(1)労働者の受ける不利益の程度
(2)労働条件の変更の必要性
(3)変更後の就業規則の内容の相当性
(4)労働組合等との交渉の状況
(5)その他の就業規則の変更に係る事情
変更後の就業規則の周知
就業規則の周知は非常に重要で、周知されていない就業規則は、いくら労働基準監督署に届け出ていても、その内容は無効となってしまいます。
では、どのような状態であれば、就業規則が“周知”されていると言えるのでしょうか?
ひと言で言うと、誰でもいつでも閲覧可能な状態になっていることです。
・誰でも利用可能な本棚などにしまっておく
・全従業員に書面で配布する
・全社員がアクセス可能なクラウドサービスや、共有サーバーに保存しておく
など
就業規則変更が合理的か?
就業規則の変更(労働条件の変更)が合理的と判断されるためには、以下のような手続きを踏むことが望ましいです。
就業規則の変更の内容について、従業員にとって不利益になる部分も含めて明確に説明することが必要で、不利益な変更を行わなければならない理由についても、具体的に説明することが求められます。
また、従業員が不利益を受ける分、その代替となる措置や、移行までの猶予期間を設けるなどの措置をとるなどの配慮も必要です。
固定残業代を導入するのであれば、給与総額をアップする。
賃金制度を変更するのであれば、移行期間を設けて、その間は調整手当などを支給して、給与額が激変しないようにする。
などが考えられます。
従業員への説明は、個別に行うのが理想的ですが、小さな会社の場合は、全従業員が集まって行う方法でも良いかもしれません。
ただし、従業員が自由に発言をしたり、質問をしたりできるように配慮する必要がありますし、従業員から質問を受けた内容と、会社の回答の内容は必ず記録をしておきましょう。
その場で回答できなかった場合には、後日説明・回答するようにします。
ここまで丁寧な説明や交渉、配慮策を検討したうえで、可能な限り、一人ひとりの従業員に、就業規則の変更について同意書を書いてもらってください。
結局のところ、就業規則の変更であっても、個別の同意をもらうほうが、圧倒的にリスクの軽減につながります。
まとめ
労働条件を不利益に変更する場合には、それ相応の説明や代替措置などを実施し、従業員一人ひとりに、変更に対して同意をもらうことがリスクの軽減につながります。
ただし、不利益変更に関しては、これをやっておけば100%大丈夫というものはありませんので、記事でご紹介した内容を丁寧に実践していただき、少しでも変更が有効と判断される可能性を高めておきましょう。